こんばんは、アユムです。

 

前回は、自分以外の何かに影響されて、

「ひきこもりから早く脱出しなければならない」

と考えることは危険だとお話しました。

 

今日は少し似たような話になるかもしれませんが、

「~ねばならない」
「~すべき」

と考えてしまうことの害についてお話します。

 

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「ねばならない」「すべき」はストレスがたまる

あなたは今、こういう風に思っていませんか?
あるいは今までこういう考えで行動してませんでしたか?

「ひきこもりから早く脱出しなければ」

「自分の年齢で親の世話になってはいけない」

「精神的にも経済的にも自立すべき」

「頑張らなければならない」

「苦しくても我慢しなければならない」

「○○の言うことは聞かなければならない」

などなど・・・

 

これらの言葉は、

「こうするのが正解」

「それ以外はすべて不正解」

というように、正解はたった1つで、
それ以外はすべて不正解と決めつけてしまっていることが多いです。

 

これは、ついつい理想を追求してしまう、
「完璧主義」とも言い換えられるでしょう。

 

「~しなければならない」「~すべき」
という考えで生活、行動するとどうなるでしょうか。

 

もし、それができなかった時、
大きなストレスを抱えてしまいます。

「なんでできないんだ」
「自分はダメな人間だ」

という思いで苦しくなってしまうだけです。

 

さらには、これがその後の自分の行動に
悪い影響を及ぼします。

・思考が停止
・物事の先延ばし
・行動が続かない
・行動する勇気もなくなる

 

「~が望ましい」と言い換えよう

ですので、
「ねばならない」「すべき」と自分が考えていることに気づいたら、
すぐに考え直すようにしましょう。

 

「ねばならない」「すべき」と思ったら
こう言い変えてみるのもいいでしょう。

「~に越したことはない」

「~が望ましい」

「~した方がいい」

「~できたらいいな」

 

「ひきこもりから早く脱出するに越したことはない」

「自分の年齢で親の世話にはならないのが望ましい」

「精神的にも経済的にも自立した方がいい」

「頑張ることが望ましい」

「苦しくても我慢できるといいな」

などなど・・・

 

「自分の年齢だと、自立しているのが望ましい」

「でもそううまくいかないこともある。」

要は気楽に考えるのが大事だということです。

 

「遊び」がある方がうまくいく

私がこれまでの経験で実感したことは、

「人間、生真面目に考えて行動するより、
少しゆとりを持って気楽に考える方がいい方向に進む」

ということです。

 

「頑張らなければ」と思うよりも、
「頑張った方がいいけど、まぁ頑張れない時もあるさ。その時は仕方ない」

と考えた方が、頑張れるし、
その頑張りも長く継続するんです、なぜか。

 

自動車のハンドルには、
遊びがあるからこそストレスなく運転できます。

これが、遊びがまったくなくて
ハンドルのわずかな動きにも車が敏感に反応してたら
たまったもんじゃありません。

少しのミスも許されないので、
ずっとプレッシャーかかりまくりのストレスかかりまくりです。
そんな車、怖くて運転できませんよね。

 

人間も同じだと思います。

「~でなければならない」と
理想を追求しても、現実は思うようにいかないことの方が多いです。

失敗することもよくあるし、
それは自分だけでなく「他の誰にでもよくあること」なんです。

失敗しても仕方ないと思えることが大切です。

 

「ひきこもっちゃったけど、まぁ仕方ない」

今現在、ひきこもっている人の中には、

・ひきこもってしまったことの後悔
・もう自分はダメだという絶望感
・誰も自分の気持ちをわかってくれないという孤独感

などで頭がいっぱいかもしれません。

 

でもだからといって、
「もうダメ」ということは一切ありません。

「失敗しちゃったけど、まあやってしまったものは仕方ない。」

と気楽に考えてみてください。

なかなか難しいかもしれないけど、
そう考えた方が早く前向きに行動できます。

少しずつ、少しずつ考え方を変えていきましょう。